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江戸時代も中期に入って、精製された白砂糖が作られるようになってきました。有名なのが、四国東部で
生産された和三盆です。和三盆は全国に供給され、様々な和菓子を生んでいきます。
これは、徳川吉宗が享保の改革として、各種の作物の栽培を奨励した結果です。青木昆陽のサツマイモの
話が有名ですが、それ以外の作物の栽培も奨励しました。農業生産高が大きくなり、経済が米を中心とした
モノカルチャー経済からの脱却期にあった証拠です。
ただ、吉宗自身はそのことの自覚がなく、主に飢饉対策として各種の作物の栽培を奨励したようです。
その証拠に、本人の経済政策は従来の緊縮財政政策で、米相場の
動きに四苦八苦し、米公方のあだ名を
貰っています。まぁ、バラ撒きと金融政策が不況対策になるということがスタンダードになるのは、ケインズの
登場以後の話です。無理からぬ側面もあります。
話がずれました。閑話休題。
しかしながら、国内で砂糖が製造されるようになっても、供給量には限りがありました。庶民の口に恒常的に
入るまでには至りませんでした。その理由は簡単です。サトウキビは、基本的に熱帯に自生した植物です。
日本の多くが温帯に属しています。供給量が少ないのは、当然です。普通に考えれば、温帯の四国で
サトウキビを作るほうが、おかしいのです。
ただ、サトウキビの栽培を少し調べてみると、プランテーションとか、奴隷農場といった素敵な単語がゴロゴロ
でてきます。キューバで革命が起こった背景には、こういう事情があります。仮に江戸時代に庶民の口に
豊富に入るような真似をしようと思ったら、沖縄とか奄美諸島が、素敵な事態になっていたことでしょう(^^;。
余談ですが、同様にサトウキビの栽培が困難だった独逸は、テンサイを品種改良して、砂糖の含有率を
増やし、砂糖を精製しています。テンサイを品種改良したのは、吉宗とほぼ同時代です。テンサイは、
砂糖大根の別名がありますが、そんな品種改良をする独逸人はおかしいと思います(褒め言(^^;)。
まぁ、独逸人も世界中で日本人だけには、そんなことは言われたくないでしょうが。
ともあれ、江戸時代では、砂糖がようやく国産されるようになりましたが、供給量はそれほど多くありません
でした。これは、明治維新後も、それほど変化がありません。明治維新以降、我が国は殖産興業に励み、
高度成長を続けますが、庶民レベルまで豊かになるまでは、中々至りませんでした。
当然、甘いものも中々届きません。例えば、大正時代に作られた歌があります。
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『黄金虫(こがねむし)』
野口雨情作詞 中山晋平作曲 大正十一年作
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黄金虫は 金持ちだ
金蔵建てた 蔵建てた
飴屋で水飴 買って来た
黄金虫は 金持ちだ
金蔵建てた 蔵建てた
子供に水飴 なめさせた
* * * * * * *
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野口雨情は、この時代の童謡作家の大家です。
『七つの子』『赤い靴』『青い眼の人形』をはじめ、誰もが知っている歌を山ほど残しています。
『黄金虫』の歌は、当時の世情を表し、庶民の共感を得ていた歌と考えて間違いありません。
金持ちな黄金虫の象徴が、子供に水飴を舐めさせることです(^^;。
どれほど当時の庶民が貧しく、甘いものが高値の花だったかの証拠です。
余談ですが、黄金虫は、甲虫類のコガネムシではなく、チャバネゴキブリとの説が有力です。
……風情も何もなくなってしまいます(ToT)。
砂糖をはじめとする甘味料が、庶民の口に恒常的に入るようになるのは、戦後になってからです。
戦後、高度成長を続け、国民生活が豊かになり、オーストラリアなどから、大量に砂糖を輸入
されるようになってからです。それでも、砂糖の高値は続いていました。調味料として使われるのが
精々で、それ以上には、ほとんど使われませんでした。
その証拠が、結婚式の引き出物です。
流石に最近は見なくなりましたが、一昔前までは結婚式の引き出物といえば、鯛の形の砂糖が定番
でした。鯛の形をしていも単なる白砂糖です。単なる調味料です。砂糖は保存が効きます。しかも、
貴重品です。引き出物にすれば、多くの人が喜んだわけです。
当時は、紅茶に入れるグラニュー糖なんか、喫茶店に行かないと見られませんでした。
コーヒーシュガーに至っては、コーヒー専門店に行っても、中々見れませんでした。
というより、コーヒー専門店なんか、ごく一部でしか経営が成り立ちませんでした。
それが、ほんの20〜30年前までの話です。
スーパーに行くと、白砂糖が、1キロ数百円で売られるようになったのは、つい最近のことです。
ジュースや清涼飲料に大量の甘いものが入っていて、それがごく普通に飲めるようになったのは、バブル期
以降のことと言っていいでしょう。ペットボトルのお茶が発売されてから、20年ぐらいしか経って言いません。
甘いお菓子が、コンビニエンスストアで何時でも手に入るなんていうのは、立派に王侯貴族の生活です。
言い換えると、現代の日本人は、一昔前の王侯貴族ですら羨む様な生活を送っているのです。
ともあれ、少なくとも日本人限って言えば、砂糖をはじめとする甘いものが、日常生活で普通に食べれる
ようになったのは、戦後以降といっていいでしょう。今のように砂糖をはじめとする甘いものが、好きなときに
好きだけ食べられるようになったのは、つい最近と言っていいと思います。
つまり、それだけ昔は貧しかったのです。
逆を言えば、戦後の我が国の経済復興は、如何にすさまじいものであったのでしょう。
砂糖を当り前に食べれるようになって、ある変化が生まれました。
その事については、次回ふれてみたいと思います。
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