虫歯にならないための甘いもの講座 #09 そして、虫歯が生まれた

甘いものは、つい最近まで我々の口に入りませんでした。 前回話したように、 日本人が何時でも

気軽に甘いものを食べられるようになったのは、戦後になってからだと言っていいでしょう。

数十年の誤差があっても、世界レベルで見ても、あまりかわりがないと思います。

つまり、甘いものを食べるという生活習慣は、つい最近生まれたのです。

そして、甘いものを食べることが、生活習慣になってから、ある変化が生まれました。

虫歯になる人が、増えたのです。

 

 

上のグラフは、砂糖の輸入量と小学生の虫歯の変遷をまとめたものです。

このグラフを見て、砂糖と虫歯に関係がないと主張できる人は少ないと思います。虫歯は、砂糖を

はじめとする甘いものを食べることによって生まれた、生活習慣病という側面を持っているのです。

 

虫歯が戦後になって急速に増えた証拠は、他にもあります。

歯学部の数です。戦前、日本には歯学部は6つしかありませんでした。それも大学として扱われて

おらず、専門学校でした。看護師さんとか美容師さんと同じ扱いだったのです。

専門学校から大学へ格上げされたのは、戦後の教育改革の関係です。

ところが、戦後になり、虫歯が増えるに従って、歯学部のある大学は増え、現在30校を数えています。

昨今の歯科医師過剰で、歯学部の定員数の削減や歯学部自体を閉鎖する話もちらほら出てい

ますが、今のところかわりません。単純計算で、歯学部は5倍増えた計算になります。

 

戦前の日本列島の人口は7千万人ぐらいです。現在が1億2千万人ですから、2倍まで増えて

いません。つまり、人口増分だけ歯学部を増やしたのなら、全国で12校もあれば、歯科医師の

数は足りる計算になります。

 

逆を言うと、その差の分だけ、虫歯になる人が増えたと言う事になります。

しかも、虫歯の治療の歴史を調べてみると、歯科大学の数が増えた分以上に虫歯が増えている

可能性が高いです。何故なら、現在の歯科で虫歯治療に使われている器具の多くが、戦後に

なって普及し、戦前には存在しなかったからです。

 

例えば、歯科で最も虫歯の治療に使われるエアータービンが普及したのは、1950年代以降です。

エアータービンは、甲高い音がする歯を削るドリルと思って間違いありません。

高圧コンプレッサーで小さな羽根車を廻し、歯を削るのです。それ以前は、電気エンジンです。

簡単に言えば、モーターの先にドリルがついたものです。こちらの普及も、戦後です。

それ以前は、足踏式のエンジンでした。構造的には、足踏式ミシンとほとんどかわりません。

 

そして、歯を削るドリルの工具ですが、工業用ダイヤモンドをちりばめたダイヤモンドバーや、高度な

刃物と言っていいタングステンカーバイトバーなども、普及したのは全て戦後です。

現在の歯科治療は、これらの高性能切削機器を用いて歯を削ることを前提になっています。

それらの道具が、ほとんど存在しなかったのです。

 

言い換えると、戦前の虫歯治療は、ほとんどは手作業で削っていました。足踏式エンジンや小さな

ノミでカリカリ虫歯を削って、アマルガムを詰めるのが当り前でした。当然手作業だけですから、

単位時間当たりに削れる本数なんか、今と比べ物になりません。つまり、それで間に合うくらいの

虫歯しか、昔はなかったんです。

 

戦後になって虫歯の増え具合が、如何にすさまじかったか、わかると思います。


ここまでのことを、まとめましょう。次の2点のことが言えると思います。

 

○甘いものを食べるのが生活習慣になったのは、つい最近である。

○甘いものを食べる生活習慣が増えた結果、虫歯になる人が増えた。

 

ここから、次の結論が導き出されます。

 

○虫歯は、つい最近生まれた病気である。

 

人類全体でも、虫歯が普及したのは、精々数百年、上を見ても千年がいいところだと思います。

砂糖などの甘味料が大量に使われるようになる前は、虫歯は、製糖職人やお菓子職人などの

一部の人間の職業病に過ぎなかったとおもいます。

日本に限っていえば、虫歯が一般化したのは、戦後になってからだと思います。

このことを示す証拠は、世界中にあります。

 

古代人の化石や古代エジプトのミイラからも、歯周病患者は見つかっています。

しかし、虫歯は見つかっていません。甘いものを恒常的に食べなかったからです。

日本でも、同様です。古墳からもそれ以前のお墓からも、虫歯は見つかっていません。

 

これは、骨のみならず、文献にも証拠があります。古事記や日本書紀には、山ほど神様が出てきます。

病気の神様どころか、トイレの神様すらいます。しかし、虫歯の神様なんか聞いたことがありません。

 

『枕草子』でも『源氏物語』でも『土佐日記』でも『吾妻鏡』でも何でもいいです。

日本の古文で、虫歯についての記述がある本がありますか?

たとえば枕草子で、

『秋の朝に手水の水を口に含みし時、奥歯に染み入るは、いとわろし』

なんて文章は載っていますか?勿論、載っていません。

 

御伽噺の一寸法師は、鬼に食べられます。鬼の胃の中で、持っていた針の剣を刺して、鬼を退治します。

虫歯が当り前だったら、口の中で一寸法師が針の剣で鬼の虫歯を刺して、お終いになりませんか?

 

我が国で、虫歯の記録が出てくるのは、江戸時代ぐらいからです。

これは、欧州でもあまりかわりません。

笑ってしまうことに、欧州では虫歯ができることがステータスだった時代すらありました。

虫歯ができるくらい甘いものを食べられるのは、お金持ちだけというわけです。

一説には、マリーアントワネットは、虫歯だらけだったという話です。

つまり、つい最近まで、甘いものは貴重であり、虫歯など存在しなかったのです。

 

この1万年で、人類は文明を進化させ、地球規模で環境を激変させました。

生態系も大きく変化しました。

そして、文明化以前なら食べれなかったものを、恒常的に食べるようになりました。

お口の中、いや、人間は数え切れない細菌と共生関係にあります。

お口の中にも、口腔常在菌と呼ばれる細菌が大量に生息しています。

一つの生態系を作っていると言っていいでしょう。

口腔常在菌が生息しているため、他の細菌が入り込めないのです。

ですが、食べるものが変化したのです。

お口の中の生態系が変化しても、当然だと思います。

 

甘いもの−果糖、ブドウ糖、麦芽糖などは、お口の中で、口腔常在菌に分解されます。

この際、口腔常在菌は菌体外多糖という物質を産出します。これは、蜘蛛が巣を張るように、

細菌を歯や歯茎に固定します。唾液に流れたものは、唾液の粘性を増し、粘つきやすくします。

口を開けたとき、唾液が糸を引くのは、この菌体外多糖のお陰です。

 

無論、これらの菌体外多糖は他の食べ物でも産出されます。甘いものは、効率よく菌体外多糖の

原料となります。そして、菌体外多糖が唾液に大量に含まれるようになると、唾液は粘つき、

唾液による自浄作用が低下します。

つまり、食べかすが何時までもお口の中に残るようになるのです。

 

そして、そういう状況で、砂糖を食べる量が増えました。

口腔常在菌の一種であるストレプトコッカス・ミュータンスは、砂糖が大好きです。

砂糖を食べて、菌体外多糖や乳酸を産出します。本来なら唾液によって、乳酸は洗い流されます。

しかし、唾液が粘ついているため、乳酸は産出された場所に留まります。

長期間留まった乳酸は、歯を脱灰します。これが、虫歯の原因の一つです。

 

本来なら、砂糖を食べる量は、ほとんどありませんでした。

だから、虫歯が生まれませんでした。

しかし、砂糖を毎日食べるくらいに、豊かになり、生活習慣が変化しました。

そして、口腔内の生態系も変化しました。

だから、虫歯は生まれてのです。

 

虫歯が自然治癒しないのも、簡単に説明ができます。

虫歯は最近生まれた病気であり、人類は未だにその対処法を獲得していない。

このため、虫歯は自然治癒しないのです。

歯医者へ行って治さねばならないのです。

 

口腔常在菌は、本来口腔内の生体防衛の一環を担っていました。

口腔常在菌が繁殖していれば、変な菌は繁殖しないのです。

ところが、甘いものは口腔常在菌の栄養となり、大繁殖させることで、お口の環境を破壊します。

そして、ストレプトコッカス・ミュータンスは、砂糖を出会ったために、生体防衛網を裏切り、人体に

仇名す存在になったのです。ある意味、生体防衛網を崩壊さえることで病気になる虫歯は、

AIDSのプロトタイプとでも言うべき病気なのです。

 

人類は、甘いものを欲し、そして毎日食べれるくらい、豊かになりました。

しかし、その結果、虫歯という別な問題が生まれました。

では、虫歯は何を生んだのでしょう?

これについては、講をあらためて、お話したいと思います。

 

長々と書いてまいりましたが、本講は、今回にて終了です。

次回から、甘いものを食べるようになって生まれた虫歯について、お話していこうと

思います。ご愛読ありがとうございました。

 

H21.09.27.UP