産業革命の足音

 聞いた話なのですが、とある技工士さんが、CAD/CAMを導入して好調なんだそうです。
CAD/CAMの導入で、従来なら困難だった補綴物の製作が可能になったため、新たな需要ができたからです。
しかもCAD/CAMは機械ですから、福利厚生を考えなくていいのです。
導入コストは高いですが、それなりのメリットがあるのです。
その上、同業の技工士さんはCAD/CAM導入には消極的で、ライバルは少ないときています。
いいことばかりです。

「なんで、他の技工士は、CAD/CAMを導入しないのだろう」と不思議に思ったそうです。
それを聞いて思い出した事がありました。十数年前、私は大学にいた頃、CAD/CAMの開発に関わっていました。当時のCAD/CAMは、遥かに性能が低く単冠を削りだすのが精一杯でした。
それでも、とあるデンタルショーにCAD/CAMを出したときの反応が忘れられません。

「こんなものは、使い物にならない」

現場の技工士さんは、敵愾心丸出しで出来上がったクラウンに駄目だしを貰いました。

「これが3台あれば、技工士を1人減らせる」

同じ技工士さんでも経営者の方は、そう言って詳しい性能やコストの話を聞いてきました。

そして、この反応の組み合わせは、産業革命以来、各種業界で起こってきました。
言うならば、家内制手工業が、工場制機械工業に変わる過程で、現場で起こる反応です。

人間は複雑な事ができますが、機械は単純な事しかできません。
機械に複雑な事をさせようとすると、必然的に機械は大きくなります。
大きな機械を導入するにはコストがかかります。
だから大量に生産しないと元がとれません。
逆を言えば、少量しか作れない複雑な作業は、機械が入り込む余地はなかったのです。
言わば職人の世界です。

そして歯医者や技工士は、紛れもなく職人の一種です。
これに対し、機械を使った大量生産は技術者の世界です。
職人は個人の経験を元に技量を向上させます。
技術者は理論をベースに技量を向上させます。
どちらが優れているというのではなく、物を作るときのアプローチが違うと言う話です。
向き不向きはあっても、優越はナンセンスです。
問題は科学技術の進化が、複雑で少量を生産できる機械の小型化に成功したと言うことです。
CAD/CAMは、その象徴なのです。
大袈裟に言うと、18世紀にイギリスで始まった産業革命の足音が、ついに歯科業界にまで聞こえてきたのです。

産業革命を乗り切った職人は2つのタイプです。
一つは機械が真似できない高みまで技量を高めた者です。
そしてもう一つは、いち早く技術者の側に立った者です。
当然のことながら、両者とも少数派です。
CAD/CAMを導入した技工士さんは、後者の一人であり、先駆者というわけです。
後に続く技工士さんが少ないのは当然です。

ただ歴史を見ると、先駆者が必ずしも勝者になるわけではありません。
時代の流れを読み、先駆者であり続けることは、大変なんです。
何よりこの手の社会的変遷は10年単位で見ないと、結論は出ません。
私としては、何とか生き残る側に組みしたいものです。

……当事者のくせに傍観者面している時点で、負け組の気がしますが。


【DentalDiamond 2012年6月号掲載】


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